JO2IRRの無線三昧

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所在地:岐阜県可児市瀬田「明智荘」

花フェスタ記念公園内で開催されている「明智光秀博覧会」を見た折、
明智城跡を散策してきました。
花フェスタ公園に車を停めて往復3Km程度のハイキングコースです。
可児市東部にある瀬田地区「明智荘」の小高い山の上に明智城跡はあります。

この瀬田地区の北には名鉄広見線明智駅が「明智」としては
名が残りますが地名としては残っていません。
東西3Km程の狭い明智荘地内の城跡下には、
天龍寺、光蓮寺、東栄寺、太元神社などが密集していてミニ城下の風景です。
明智光秀の出生地であることは間違いなさそうです。
明智荘にも産湯の井戸があったと伝わりますが、
昭和40年代の土地改良事業で潰されてしまったようです。
一方、現在の恵那市明智町「旧、恵那郡明智町」にも
光秀が産湯の井戸が現存しているとのことで、
光秀にまつわる前半生については詳細な記録もなく、
よく分らなのが実情のようです。
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明智一族の菩提寺「天龍寺」
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日本一大きな明智光秀公の位牌(184cm)が祀られています。
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明智一族の墓所
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明智城跡に続く石畳
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大手門跡
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城跡本丸跡石碑
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本丸跡地
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城跡展望デッキからの展望
中央の林から手前の一帯の狭い地域が明智荘です。
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七つ塚 明智城落城時の戦没者の塚
平日に寄られる場合は城跡入り口に駐車場があります。

郡上八幡城は戦国時代末期、遠藤盛数が砦を築き陣を構えたことに始まる。
その後、盛数の子慶隆が郡上を統一し城下町を形成した。
土佐二十四万石の大名、山内一豊の妻「千代」は、盛数の娘です。
その後、稲葉家、井上家、金森家、青山家と引き継がれ、
明治時代、廃藩置県により廃城となり石垣を残し全て取り壊されました。
現在の城は、
昭和8年当時の大垣城を参考に木造5階建てとして模擬再建されました。
再建されて80余年、日本最古の木造再建城です。
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出掛けたタイミングが悪く『天空の城』と言われる景色は見られずでした。
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駐車場から城へは細い通路が続きます。
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【首洗い井戸跡】
この井戸は、慶長の合戦の折に討ち取られた寄手の名のある武士の血や、
泥で汚れた首が洗い浄められた場所だそうです。
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【人柱・およし塚】
百姓の娘およし17歳が、
合戦などで壊れた城壁や石垣を進んで石運びなどににも加わり、
遂には我が身を捧げ「人柱」として地中に入ったそうです。
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こじんまりとした城ですが、白壁が美しいです。
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【天守入り口】
今日ここへ来たのは御城印(登閣記念証)を手に入れることが目的です。
御城印の詳細はこちら
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流石に木造再建城だけあって歩くたびに床板の軋み音が凄いです。
再建城は鉄筋製が多いですが、この軋み音が城の魅力の一つです。
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天守の心柱が? 再建の時の材料の都合でしょうか?
心柱が4本抱き合わせで使われています。
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天守から城下の景色です。
吉田川沿いに民家がひしめき合っています。
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おまけ!
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郡上と言えばサンプル食品です。
蝋に色付けされて作られるサンプルは本物と見間違うばかりです。
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郡上といえば南天の産地であり、
「難を転ずる縁起物」として年始のお飾りには欠かせないものです。
冬の風物詩として、旧庁舎記念館の玄関には〝大南天玉〟が飾られました。

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