◉名勝歴訪
一乗谷朝倉遺跡 界隈
一乗谷朝倉氏遺跡
NHK番組〝ブラタモリ〟でも何度も放映されました。

一乗谷朝倉氏遺跡は、今から約500余年前の文明3年(1471)、
戦国大名・朝倉氏が5代103年間にわたって越前の国を支配した城下町跡。
天正元年(1573)の織田信長との戦いによる滅亡後、土の下にそっくり埋もれてきました。
朝倉氏がここに城下町を築いたのは、外敵の侵入を防ぐ条件は下より、
海に近く京の都へ海運に便利なこと。
谷には豊富な水源が確保できたことなどで栄えたものと思われます。
現在の福井市街の東南方向、九頭竜川支流の足羽川の、
さらに支流である一乗谷川沿いの谷あいにある。
この谷の入口、山が狭く迫る位置に外敵の侵入を防ぐべき廓を築き、
一乗谷は東西約500メートル、南北約3キロメートルと狭小ですが、
天然の要塞として城下町が築かれました。
戦国時代の城下町と館跡、および背後の山城から構成されています。

以前より、唐門が現存しており、また、山沿いには庭石の一部が露出していた。
しかし、朝倉氏は天正元年(1573)に織田信長に敗北。
火を放たれ、その長い歴史の幕を閉じたのでした。
火を放たれ、その長い歴史の幕を閉じたのでした。
歴史的な大発見となりました。
昭和42年以来、本格的な発掘調査によって、当主の館や武家屋敷・寺院・町屋・職人屋敷や道路に至るまで町並がほぼ完全な姿で発掘。
当主館や侍屋敷、寺院、職人や商人の町屋、庭園から道路に至るまで、
笏谷石を加工した井戸枠、厠、下水道など戦国時代の町並みがほぼ完全な姿で発掘されている。
笏谷石を加工した井戸枠、厠、下水道など戦国時代の町並みがほぼ完全な姿で発掘されている。
また、遺跡からは約5,000基の遺構が検出され、160万点を超える遺物が出土している。
このように城下町全体が良好に遺存していることで、
広大な範囲が国の特別史跡として指定保存された全国でも稀有な戦国城下町遺跡であり、
戦国時代の暮らしぶりをうかがわせる膨大な資料が出土しています。
昭和46年には、国の「特別史跡」に指定され、
また、平成19年には、出土品が国の「重要文化財」に指定されました。
全国でも例の少ない3重指定されている遺跡です。
1930年(昭和5年) 地上に出ていた庭園が国の名勝に指定された。
1967年(昭和42年) 庭園の整備・調査が行われ、地下から見事な庭園が発掘された。
1968年(昭和43年)その後の発掘調査が行われ礎石や庭石が次々と発掘され、
その保存状態が大変良いため遺構を全面発掘することになった。




































